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えほんへの気持ち(長文注意)

えほん作家になりたいという気持ち一心で東京のえほん講座に通いはじめてもうすぐ一年です。通信講座も含めれば一年半になります。


一年前、はじめて描いた作品を持って行ったところ、講師の反応をみて「ありゃ、これは駄目なんだなぁ」とすぐに感じました。

今思えばストーリーが明らかに盛り込みすぎで、読者よりも自分の思いを詰め込んだ内容だと思います。えほんって、こんな感じでしょう?という考えだけでつくったのが、丸見えだったと思います。

その作品があっての今なんですが。


そこから講座を受け続け、テーマを牛に絞りました。平泉のいわて南牛の繁殖農家で育った私には、牛との思い出がとても大切なものだと再確認しました。

子供の頃、とても思い出に残る牛のいっちゃんの話をしたら、講座の仲間たちが共感してくれたように感じました。

逆もあり、仲間が話す幼い頃の話に私も共感したり驚いたり……人それぞれの世界観というものがあるんだな、と楽しくなります!

いっちゃんとの話を形にしたいと思えたのは、えほん講座があったからです。

長くつくりすぎた文章を短くし、せっかく短くしたのにまた足して、盛り込みすぎてしまうことを繰り返しました。せっかく方向性をアドバイスしてもらってるのに……。

文章だけではありません。どんな画風にするか、悩みました(現在進行形)。牛の絵は物心ついたときから描いているのに、いざ作品にとなると想像してるように描けない。色をかえたり、使ってる画材をかえたりしてみたのですが、どんどん悪く見えてきます。世の中の作家さんはどうやって自分の画風を見つけているのかな、と毎晩思うようになりました。

でも今はそんなことで手をとめるのは辞めました。

「いまできなかったことは、また別の作品でやればいい」という講師の先生のお話で気持ちが楽になったことや、直接関係あるかは分からないのですが、

最近取り組んでいる似顔絵の活動で出逢う人たちからの影響も受けているんだと思います。

一つの作品に固執せず、作品を生み出していく人生を歩もうと考えるようになりました。

まずはこの作品を世に出したい。えほん講座を受けてて、心からそう思います。

デビューを目指していますが、それよりも目指している今どう感じて変化して作家になるかを大切にしたいし、その姿を見てもらいたいです。

結果出したい気持ちと、過程を大事にしたい気持ちと両方あって訳分からなくなってる感じがありますが、

改めて頑張りたいと今日の講座で感じました。


えほん講座は他にもたくさんあると講師の先生はおっしゃいますが、私にはえほんみち一つで充分です。信頼できる講座に出逢えたと感じているからです。

一つを信じれない人は何も信じれないと思います。


こういうことを考えて今日帰ってきました。

ここまで読んでくれたあなたは、エリー通です(笑)

どうもありがとう。

お休みなさい🍀

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